クリストファー Vol.12
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ことで広範囲な協力体制を実現してきました。この世界を構成する要素の中には「夢」のようなものがあり、人はそれを「現実」だと信じることで、世界を成立させているわけです。 たとえば、人が目に見えない「神」を信じたり、「人権」のような理念の実現のために行動したりすることを考えてみれば、この世界の「現実」を支える重要な要素として「夢」のような成分があることはわかりやすいと思います。そして、その「夢」が人々の間に協力や幸福をもたらしてくれる限りでは、人間はその「夢」をうまくコントロールできていると言えるでしょう。しかし、その「夢」を信じることが人々の間に対立や差別や格差を生むとすれば、そしてそれが変更可能な「夢」であることに気づかずに、唯一の「現実」であると思い込み、身動きがとれなくなっているとしたら、その「夢」の方に人間がコントロールされている状態になってしまっているのではないでしょうか。この状態を突破する扉はどこにあるのでしょうか。僕はそれを子どもの発達を支える保育環境の中に見つけ、研究することにしました。 子どもの発達を支える保育環境の構造 日本の保育は、子どもたちが環境に主体的に関わりながら、発達に必要な経験が積み重ねられていくように、意図的に保育環境を構成する「環境を通した保育」という方法をとっています。この方法において、保育者は環境の中に子どもの発達のきっかけとなる「出会いと対話」の可能性を構成しています。それは図1に示すような構造として描き出すことができます。と。これが第1の軸になります。この軸は図中では一番下に緑色で描かれていますが、実はこれが生涯(life)にわたって常にベースにあることで心身が安定し、環境に能動的に向かうための土台になります。したがって、図中の緑の軸は実際には常に他の層を支えるベースの位置にまで拡張して基礎をなしています。保育環境を3層構造としてみるとこれが一番下で他の層を支えている「基層」になります。 第2に、子どもが環境に能動的に向かった先にある2種類のものとの出会いと対話があります。自ら動く「ヒト」(心あるもの)と動かされない限りは動かない「モノ」(心なきもの)との出会いと対話です。外見も違いますが、それ以上に動き方の原理がこのようにまったく違うため、その違いに気づいた子どもはそれぞれへの興味と対話を分化させていきます。これが第2・第3の軸となります。この2つの軸は相互に関係し合いながら第2の層である「中層」を形成しています。 第3に、最初は別々に進んでいた「ヒトとの出会いと対話」「モノとの出会いと対話」が次第に大きくなり、9ヶ月頃から重なる領域が生まれていきます。これが第4の「コトとの出会いと対話」の軸です。保育環境を3層構造として見ると、これが一番上の「上層」となります。 「夢」を「現実」として生きる力の発達的起源 この第4の「出会いと対話」の軸の対象となる「コト」とは、漢字では「事・言・異」など、様々に書くことができ、「出来事」「言葉」「異なる考え方」など、様々な意味を含んだ概念です。この様々な意味の中から特に「コトバ」としての意味に注目すると、「モノ」や「ヒト」との違いがよくわかります。 「モノ」や「ヒト」は目の前に見えるため、子どもはそれに関わって能動性を発揮していきますが、「コトバ」はそこにないものも指し示すことができるので、子どもはそこにない「理想」や「夢」や「希望」や「目的」をコトバによって意識することができるようになり、それに向かって能動性を発揮していくこともできるようになるのです。ユヴァル・ノア・ハラリが指摘したような「虚構(=夢)」を創り出し、それに向かって協力できるような人間の特徴の起源はここにあるわけです。そうだとすると、人間が今ある世界を超えて、人々がもっと幸せに生きられるような世界を自らの手で創っていくための力はこうした保育環境の中で培うことができると考えられるのです。 その具体的なプロセスは「遊びの発達過程」として図1の中に示しました。最終段階には、子どもたちが共有された目的に向かって他者と協同する「プロジェクト活動」があります。これは遊びを通して、今の世界の「夢」よりももっと素晴らしい〈夢〉をみんなで創造していく活動です。このように、子どもたちの遊びの力を乳児から構造的に捉え、環境を通して育てていくことで、保育者は子どもと共に今の世界を超えた素敵な世界を夢見て、それを新たな現実にすることを支える専門職なのです。図1 : 3層/4軸の対話の構造と遊びの発達過程 図1からわかるように、子どもの心身を育てる保育環境は、4種類の「出会いと対話」を軸にした立体的な3層構造として構成されています(「立体的」な3層構造は見えませんが、文中で補足していきます)。 第1に、子ども自身の「いのち(ライフ)」との出会いと対話があります。生物(life)としての子どもの「食べる」「眠る」などの基本的欲求の表出に丁寧に応答することで、生命(life)を維持し、生活(life)のリズムと情緒を安定させるこ07

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