聖隷クリストファー大学│保健医療福祉の総合大学

イベント詳細

福祉エッセイコンテスト 結果発表
この度聖隷クリストファー大学では、福祉・介護・教育に関わる方々を応援するために、「福祉エッセイコンテスト」を実施致しました。

ご応募いただいた作品の中から、各部門の最優秀賞、優秀賞が選出されました。

【高校生部門】
最優秀賞
『小さな勇気』(飯田 美咲さん)
 
優秀賞
『文化の多様性と生きる』(岩瀬 つぼみさん)
『手話教室から学んだこと』(稲木 貴哉さん)

【一般部門】
最優秀賞
『餃子と車椅子』(清水 将一さん)

優秀賞
『福祉社会の根底に必要な人権思想』(森 惇さん)
『ねんねんころり』(中井 伸治さん)

また、優れた作品は特別賞として選出されました。
各受賞者の方には、賞品の発送をもって受賞のご連絡と代えさせていただきます。(賞品の発送は11月中旬を予定しております)

今回は高校生部門211作品、一般部門20作品の応募をいただきました。ご応募いただいた皆様、誠にありがとうございました。
今後も本学では、このようなコンテスト等を通じ、福祉・介護・教育の持つ温かさを伝えていきたいと考えております。


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エッセイ最優秀賞作品

■高校生部門『小さな勇気』

「前の席空いてますよ。」その日私は初めて、自分から視覚障害者の方に話しかけた。
毎朝電車で見る2人の男性は、いつも同じ電車の同じ号車に乗っている。彼らは白杖を持って視覚に障害があることが窺えるのに、雨の日も風の日も毎日ぴったりにホームにつくのだ。駅員の力も借りず電車に乗るのを初めて見たときは、実は目が見えてるのではないかと思ったほどである。
そうしていつもと同じ電車に乗ったある日のことだ。彼らの近くの優先席が二席空いていた。しかし、彼らが気づく様子はなかった。近くの人が、空いた席と彼らを交互に見る姿を見た私は腹が立った。なぜ誰も話かけないんだろうと思った。だがふと、じゃあ私は何で彼らに話かけないんだろうと自分の行動を棚に上げていることに気づいた。よし、話しかけよう勇気を出すんだ!そうして私は「前の席空いてますよ。」と。彼らは「ありがとうございます」と。席についた後、座れてよかったねと話し合う彼らは、メガネをしていたが口元は優しく笑っていた。
誰だって知らない人に話しかけるのは勇気のいることだ。だが、少しの勇気は素敵な笑顔につながる。私は将来、障害のあるなし関係なくみんなが笑顔になれる世界をつくるのに貢献したいと思った。


■一般部門『餃子と車椅子』

人生にはもう二度と会わない出会いもあり、相手の名前すら知らない出会いもある。
たった一度の出会いが、生涯忘れられない出会いとなることもある。今回はそんな出会いの話である。
私たち夫婦が宇都宮に着いたのは21時近くだった。餃子を食べようと駅前の店に入ることにした。ところが半分の店が閉店。僅かに開いていた店の一つに入ろうとしたが、数段の段差が待ち構えていた。私は杖を頼りに段差を登り入り口に着いた。その時店の奥から三人の店員が出てきて、折りたたんだ車椅子を持ち上げ店内に運んでくれた。
そこまでは何度も経験した。私が感激したのはこれから会計を済ませようと立ち上がった時、それを見た店員が持ち込んでいた車椅子を私のところまでさっと持って来てくれた。
段差があるので下まで杖で歩いて行くと伝えると、「ぼくたちで担ぎます」。三人で数段の段差を担いで降ろしてくれた。その対応が素早かったので車椅子介助は慣れているのかと思ったが、三人とも折りたたんだ車椅子の拡げ方も分からず戸惑っていた。拡げ方を教えると歓声をあげていた。段差を担いで降りるのも正直少々怖かったが、それ以上に三人ともすがすがしく嬉しそうな笑顔である。若者のさわやかな笑顔は私たち夫婦の心をほんのり温かくしてくれた。客だから仕方なく介助しているという雰囲気は微塵もなく、むしろ楽しんでさえいるようだった。介助の学生ならともかく、車椅子操作を全く知らない若者が何の躊躇もせず介助の行動に出る。こんな経験は車椅子生活でも初めてだった。
私は嬉しい気持ちと共に、三人のさわやかな笑顔の意味を考えた。
〇力を入れて段差を降りた充実感
〇客へのサービスの達成感 
〇私たち夫婦の喜ぶ顔を見た満足感
そのどれも当たっているように思うが何か違う気もした。そこで私は次のように理解した。それは一言でいうと「福祉の気持ちの実行の充実感」である。少し説明が必要だと思う。
人は福祉の心が大切だという。福祉教育論においても昔から言い続けられてきた。しかし心は見えない。子どもたちに見えないものを伝えることは容易ではない。福祉の心を理解するとは情緒的理解である。社会福祉が実践科学である以上、情緒的理解にとどまってはならない。
福祉の情緒的理解に対して、実行的理解というものがある。それは想定する気持ちは行動となって見える化するというもの。先の三人の店員さんは介助しようという気持ちが行動となって現れた。福祉の心があっても福祉の気持ちがなければ、先の行動にはつながらなかっただろう。
街に出ると沢山の親切に出会うが、今回の親切ほど嬉しい出会いは初めてであった。お仕着せがましくもなく、恩着せがましくもない福祉の気持ちの現れであった。
三人の店員さんは車椅子利用者へのやさしい対応などすっかり忘れていることだろう。しかし私たち夫婦には、あの時の餃子の味と三人のさわやかさが忘れられない。